西風東風


火鉢と袢纏

野村 郁子(山口市 美術家)

(2012-02-08)

 私が幼い頃、家には曽祖父がいた。薄暗い土間の上がり框に、いつも背中を丸めて腰掛けていた。台所と居間と寝室に囲まれた、その空間が曽祖父の居場所だった。冬には、袢纏を着て、キセルをくゆらせながら、火鉢にあたっていた。袢纏には、煙草の匂いが染みついていた。
 家の裏には牛小屋があり、黒い牛を一頭か二頭育てていた。陽の当たる裏庭で丹念にブラシをかけられたいる牛の体は、黒く光ってとても綺麗だった。そして育て上げて、どこかの市へ連れて行く。そんな暮らしを曽祖父は、晩年まで続けていた。
 曽祖父の最後は、呆気なかった。好物のすき焼きで、いつものように晩酌をして、そのまま救急車で運ばれた。金曜日の夜で、テレビは、ドリフターズの人形劇をやっていた。曽祖父がいつも座っていた火鉢の横では、母が泣きながら、黒電話の受話器を握っていた。
 先日、数十年目の命日が過ぎた。古いアルバムをめくり、二十代の曽祖父に、初めてであった。若い頃は、水兵だったと言う。セーラー服を着て、あどけない顔でこちらを見ていた。タイムマシーンで、過去に行ったような不思議な気分になった。

プロフィール:のむら いくこ。山口市鋳銭司出身。短大卒業後、山口に戻り油絵を描き始める。ふるさとの人や自然に、興味の尽きることはない。

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